〜 アートンソウルヒストリー Vol.1 〜
今から約40年前の1980年代半ば、橘通3丁目交差点の交番がある場所に唯一の映画館「宮崎セントラル会館」がありました。
当時の若者のホットスポットとして、老若男女皆が映画を楽しんでいました。
「バックトゥーザフューチャー」「ゴーストバスターズ」「E.T」「グレムリン」など今も色褪せない80年代映画の数々。
キャラクターも内容もインパクト抜群で上映後は誰もがワンシーンを真似したり、主人公が身につけていた同じスニーカー履いたりと影響力は絶大でした。
そんな80sサブカルチャーブームの最中1984年6月、中学2年生の時に上映されたのが「ブレイクダンス」です。
事前情報やテレビ紹介などもちろん無かった宮崎、劇中で初めて見たダンスは頭に惑星が衝突したかの様な衝撃!
オープニングの主人公相棒「ターボ」のムーンウォークを見るや否やハートを鷲掴みにされました。
そして映画館を出る時は既に「ターボ」気分、ムーンウォークで映画館を後にしていました。
そこからは劇中ダンスシーンを思い出しマネする日々。
ほどなくしてコメディ番組へ出演していたタレント「風見慎吾」がブレイクダンスをフューチャーした曲「涙のtake a chance」を初披露、携えていたバックダンサーの動きは映画館で見たあのダンスと一緒!
テレビで披露する彼らのダンスを毎週欠かさず録画し、何度も何度もコマ送りで動きを確認し、ウェービングやヒットのポッピング(後に知った総称)と床で回るバックスピンやウインドミルのブレイキング(同じく後に知った総称)を独学で研究と練習を重ねました。
また同時期上映の「フラッシュダンス」のロックステディクルーのストリートシーンや、「ビートストリート」のサブウェイバトルシーンも衝撃を受け何度も見まくったダンス映画です。
気付けば、ビデオテープも床の畳も擦り切れてボロボロになっていました。
その後、高校受験で一旦ダンスのことは心の奥へしまい勉強へ専念、進学後も勉強と部活漬けの毎日へ…
「Vol.2」へ続く
当スクール展示中の当時関連物











